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2019年4月2日(火) 東京入国管理局 面会記録

Pさん(南米出身女性) 

 

面会の最初に、英語で話せるかと聞かれました。英語が一番話しやすいのかもしれません。でも、問題なく意思疎通できるレベルの日本語能力の持ち主です。

『子どもが日本にいる。子どもたちはずっと日本で育ったし、他の国に連れて行くのはかわいそう。だからといって、私が他の国へ行ったら子どもたちと離れ離れになる。』

『一番上の子は女の子で、16歳。もうすぐ高校に上がる。日本で育った。治安の面でも、これまでの(子ども自身の)積み重ねを考えても、日本にいるのがいい。

母国だと、5時か6時にはもう、女性は外に出られない。外に出るとしても、

誰かに付き添われた上で車の中にいるのが限界。

息子たちも、母国には連れていけない。母国は子どもの誘拐が多くて、14か15までに亡くなることが多い。

日本だと、連絡がすぐにつくし、警察も機能している。子どもたちだけで自転車で気軽に出かけられる。

母国では、子どもたちだけでは公園にも出かけさせられない。必ず誰か見ている大人がいないと。

日本で遊びに行く感覚で、母国の街を歩いたら、すぐに危険に巻き込まれる。母国はほんとに無理。まともな国じゃない』

 

『いまは、近隣諸国の難民もたくさん来ている。難民のホームレスも多くて、物乞いやストリートチルドレンが急増している。ひとりに食べ物やお金をあげると、周りの難民たちが押し寄せてきて、家まで付いてくる。

「あなたは善人だから、助けてください」と。亡くなった人の持ち物を奪ったり、そういうことも起きているらしい。

母国のお母さんは、「あなたが戻ってきたら、すごくショックを受けるよ」と話している』

『ひとりだったら、日本を出てどこへでもいける。世界中に友達がいるし。

でも、日本で育った子どもたちを外国へ連れて行くのはかわいそうだし、母国に連れて行くことだってできない。

私の子どもたちは母国の危険に対する免疫がない。母国の子は、危険への対処法を学びながら育つ。日本の子は母国の子よりイノセント(「のんびりしている」という意味かと)。

日本では、殺人のニュースがテレビで流れるのはたまにだけど、母国では毎日。毎日殺人のニュースばかり』

 

『日本に初めて来たのは23年前。その時も母国は大変だった。麻薬の人が、大勢の女性を誘拐して、パーティーを開いて、終わったら殺したり…』

 

『はじめて来た時は1年いて、オーバーステイで母国に帰った。でも、自分の国は怖くて、とてもいられなかった。それで、また日本に来た。その時は3年半いた。その時に妊娠した。』

 

ここで時間切れになりました。

快活で魅力的な女性で、出会ったのが収容所の面会室なのが残念です。力になれるかわかりませんが、面会を続ける予定です。

 

Zさん(アジア出身男性)

 

マスクをして現れたので、面会者が風邪かと尋ねました。

『風邪は1月にひいたけど、治った。今は、のどに違和感があるので、マスクをしている』

面会中、時折咳き込んでいました。喉がイガイガして、かゆいような感じがするとのことです。差し入れた写真の雑誌は気に入ったと言ってくれました。

 

『絵は描いている。困ったこと。トラブルは特にない。体は、ビタミン不足を感じる。爪が割れやすくなっている。果物は(ベントウに)ないし、サラダも時々、ちょっとだけ』

『買える人は、リンゴやみかんを買っている』

面会者C「中でこうだったらいいなとか、変えて欲しいこととかありますか?」

『何を言えばいいのか…。外に出たい。やりたいことは外にある。中には無い。』

面会者O「前回の面会で、心の病気の薬を飲んでると言ってましたが、今も飲んでますか?」

『薬は2週間くらい飲んだ。今は飲んでない。』『深夜の12時とか1時に、考え出すと眠れない。なるべく絵を描いて気分を変えようとする』

 

(「欲しいものはありますか?」という質問に)

『ビッグカメラや、カメラのキタムラにある広告が欲しい。ニコンの。

使い方を習ったのはニコンだったし、ニコンが好きで、ニコンだけ使う。

キャノンはちょっと弱い』

 

『絵は鉛筆で書いてるので大丈夫。メモとか、日本語の練習とかをする時はボールペンを使っている。太いボールペンだとインクもすぐになくなってしまうので、0.3ミリの太さのが欲しい』

 

面会者O「カメラって重いんですよね?写真を撮るのは大変じゃないですか?」

『良い写真を撮りたい時は、カメラの重さは気にならなかった』

『仮放免の申し込みを出した。2か月後くらいに結果がわかるはず。友達が保証人になってくれて、必要な書類を出してくれたのかわからない。経過が分からなくて不安。仮放免ほしい。でも難しそう』

『外の人は忙しい』と、寂しそうな顔でおっしゃっていました。

 

Sさん (南アジア出身女性)

 

『あるブロックに1年6か月いて、何の問題もなかった。そこにアジア圏のの女性が来た。彼女はいじわるで、私がトイレに行く度にわざわざ窓まで飛んで行って開ける。今ではもうあまり排泄の量が出なくなっているのに。彼女はあちこちでケンカしてきて、もう部屋替えをできないので、私が違うブロックに移った。彼女とは3か月くらい一緒だった』

 

『新しく移った部屋は4人部屋なのだけど、先にいたうちのふたりが場所を取りすぎて困っている。部屋の中に仕切りを作って、それぞれ自分だけの場所を作っている。私のための場所は畳一畳分しかない。』

 

『普段のにおいはきれい。夜寝る時は、トイレの近くなので気持ち悪くなる。おとといはにおいがダメで夜中に嘔吐した。昨日は少し寝られた』

 

『いらない荷物がたくさんある。荷物をどかせば、寝られる場所を作れるのに、入管職員に言ってもちゃんと考えてくれない』

『寝ている間にいびきをコントロールできないのは仕方ない。そんなのは誰にも無理だから。でも、それならいびきの大きい人は夜だけ個室とか、できることはあるはずなのに、できるはずの工夫すらしようとしない』

 

『5回目の仮放免がダメだった。健康に悪いよ。昨日はめまいがして辛かった』

 

『相手によってやり方や態度を変えるのはダメ。平等でないと。平等でなくちゃダメ』

 

入管法改正のことを尋ねられました。人間を人間としてでなく、都合の良い労働力扱いする根底が変わらないままの中身の無い改正だと言わなくてはならないのが、恥ずかしくて情けなかったです。

 

Nさん(南米男性)

TOKYO AGAINST RACISMと書かれたTシャツを着て面会にいらっしゃいました。素敵に着こなしていました。

かわいいボールペンやレターセットが欲しいというリクエストを貰っていたので差し入れました。

ひとり娘が来年から小学校に入るので、ボールペンをプレゼントするそうです。

『前、娘に手紙を書いたら、それで気持ちがすごく軽くなったんです。手紙書く回数を増やそうかと思って。娘が喜ぶようなかわいい手紙を書きたいです』

かわいいイラストを描くための見本になるイラストの本や、かわいい色のペンが欲しいと頼まれました。

『前に差し入れてくれたCD、久々に母国語の歌を聞けて嬉しい。自分の考えてることが分かるの?と思った』

Oさん「読みたい本とかありますか?」

『~って漫画が好きです。』

見つけたら、少しずつ差し入れようと思います。

 

『ごはんがまずくて困ってる。ひどすぎるから、3週間くらいひとりでハンストした人がいた。この間、中東の人が仮放免の申し込みが却下されて暴れたこともあった。他の人はただ見てるだけ。ここでは誰かがハンストをしても、暴れても、一緒に闘ったりはしない。連帯とか、まとまりはない。』

『チケット係は、ここにいる1年で1回だけ来た。日本にいる家族といたいことを伝えたらそれきり来ない。日本語のできない人には酷いことをたくさん言っている』

『入管の職員は、相手を見て態度を変える。こっちもそうしてる。丁寧に接してくる人には丁寧に。ダメな人には、人間じゃないという扱い』

『自分はよっぽどのことがないのと怒らない(ので、割とうまくやっていけているのかもしれない)』

 

2019年4月2日(火)東京入国管理局 11:21-14:43

CoLAK MEHMET(チョラク・メメットさん) トルコ 男性

#FREEUSHIKU でも署名を集め、多くの記事が出ている人です。

3月12日-13日には、彼を病院へ連れて行くことを求める入管前抗議が夜通し行われました。

面会する予定でしたが、一階の面会受付で「今日は予定がある」と言われたので、日本語学習用の本の差し入れだけを行いました。

 

面会後に支援者さんからの連絡で、チョラクさんの息子さんたちが午前中から、お父さんと面会するために来ていることや、チョラクさんが病院に行く時はいつも、チョラクさんからパートナーのヤセミンさんに事前に連絡があるはずなのに、無かったことでご家族や親族の間に不安が広がっていることを知りました。

 

(7階面会ロビーで受け取り待ちをしていた時に、一階の面会受付の女性が上がってきて、「チョラクの息子たちが朝一で来て、面会を待ってるんですけど、まだ待つ必要があるならしばらく(1階面会受付ロビーから)離れて大丈夫かって聞いてます」と話しているのが聞こえました。)

 

それで一階に降りていくと、やはり面会受付のロビーにお子さんたちと、保護者としていらしたクルドの方がいらっしゃいました。保護者の方は、ヤセミンさんの親戚で、「チョラク・メメットは外の病院に連れていかれた。朝、またひとりクルド人が捕まった」と教えてくださいました。

 

12時47分頃、親戚の方やチョラクさんのお子さんたちが、面会申し込みの準備をしていることや、長男の子がお手洗いへ行っている時に面会受付の職員がロビーにいる子どもたちへ「お兄ちゃんはどこ?」と聞いていたので、面会をできる可能性は高そうだと確認しました。

 

午前中面会ができなかったのは、チョラクさんが病院へ行くためだったようです。

それならそうと説明すればいいのに。

 

13:01 お子さんたちと親戚の方が、チョラク・メメットさんとの面会へ向かいました。

 

13:09パートナーが日本定住者の支援者と一緒に東京入管に到着しました。チョラクさんと電話をして、今日の午前中は病院に連れていかれて、病院では血液検査と点滴を行ったそうです。

(病院は、高輪でも松沢でもないようです。)

 

13:49 チョラク・メメットさんと子どもたちの面会が終わる。次はパートナーのヤセミンさん。

 

14:43 チョラク・メメットさんと面会したご家族や親族、支援者の方が一階ロビーに戻る。

 

前日の4月1日の18時頃には、4月2日の午前中に病院へ連れて行くことを、入管側は本人に伝えていたようです。

けれど、それをチョラクさんからご家族へ伝えることはなぜか禁じられ、連絡ができないまま病院へ連れていかれたとのことです。

 

入管に到着して、チョラクさんとの連絡がついた時は、ヤセミンさんは安堵した表情を浮かべていましたが、面会から戻ってきた時の表情は心配そうに曇っていました。

受けた点滴の内容はわかりませんし、面会時のチョラクさんの様子などを詳しく聞いたりはしませんでしたが、戻ってきたヤセミンさんの表情を見て、相変わらず体調は思わしくないのかな、と心配になりました。

 

インタビュー:C

書き起こし:O

文責:C、O